お侍様 小劇場

    “夏 すぎゆきて…” (お侍 番外編 94)
 

近年の異常気象をなぞらえるかのように、
いやさ、
天の差配が記録更新に躍起になってでもいるかのように。
“記録的”なんてな在り来りな表現では収まらぬほどの、
それは途轍もない酷暑となったこの夏だったが。
気がつけば…秋の虫だろう ささやかな声が、
足元の草むらから聞こえ始めており。

 「西日本では、まだまだ凄まじい残暑だそうですよ?」

それに比すれば随分と落ち着いたほうだと言いたいらしい、
色白な細おもてのお顔をほころばせるお隣りさんへ、

 「ですがねぇ。」

首から下げたタオルで、
おとがいや頬、後ろ首などに既に浮いてる汗を拭き拭き、

 「気温は下がっても湿気が依然として高いのはなかなかキツイ。」

今日も今日とて、注文のあったボックスカーの仕様変更、
クラスチェンジに勤しんでおいでだったらしい平八が、
微妙な苦笑をしておいで。
機械油を扱うし、塗装や溶接やと、
肌へついては厄介な溶剤も多く、
火花が飛んだりする工房では、
そうそう腕やら脚やら剥き出しに出来ないからだろう。
今も長袖長裾の作業服
(ツナギ)姿でいる彼で、
まるで素潜りしていた海底から、泳ぎ登って来たかのように、
密閉空間より少しはマシとの大急ぎ、
外へ出て来るなりツナギの上半身を手早く剥
(は)いだところへと、

 『アタシも一息入れるトコです、冷たいお茶でもいかがですか?』

こちら様は庭先で、草むしりや剪定を手掛けてた、
島田さんチの働き者、年齢不詳の美丈夫さんが、
にっこり微笑っておいでおいでをしたもんだから。

 『獅子尾堂の じょうよ饅頭もありますよ、
  ほどよく冷やしてあるから美味しいですよ。』

そんな魅惑的な一言まで付け足されては、
これはもうもう従う他はなしと、
こちらも相好崩してしまった平八であり。

 「久蔵殿もおいでなのですね。」

あんまりお行儀はよくないが、生け垣をまたいでのお邪魔をすれば、
少し離れたところのスズカケを見上げている、
緑の中へと一際映える、淡い金髪に縁取られた白皙の横顔が、
手前の桜の葉の隙間から見え隠れしており。

 「ええ。」

彼の心情のみならず、現地でもリアルな波風が立った、
沖縄“美ら海”高校総体も何とか終わって。
次は秋の国体と選手権があるのだそうですが、

 「毎日の鍛練をきちんきちんと続けてる他は、
  学校の練習も新学期までお休みなんだそうですよ。」

高校生なんだから、スタミナも回復力も違うと言っても、
この熱さの中で無茶ばかり強いては疲弊がたまりかねないから。
毎日 同じ嵩の、効率のいい練習を、
落ち着いてこなした方がいいんですって、と。
寡黙な次男坊の代わりのように説明したおっ母様、

 「伸び盛りな内に筋骨鍛えまくって、
  体力も体自体も、
  基礎からビルドアップするのだという人もおいででしょうが。」

そういう理屈も判るがと言いつつ、

 「でも、久蔵殿はそういうタイプじゃありませんしね。」
 「ですよねぇ。」

あれで並外れた持久力もお在りだし、
身ごなしの切れのいいところなんて、
余計な肉をつけちゃっちゃあ、
却って相殺されてしまいかねませんものねと。
伊達にお隣りにいるわけじゃない、
様々な機会に発揮されてるお力の妙、拝見しておりますからという旨を、
メカニックさんが心からの賛辞として述べたれば、

 「あははは…vv やだなぁ、ヘイさんたら。」

そんなに褒められると擽ったいったら、なんて、
七郎次自身が照れるところが面白い。

 “相変わらず、すっかりお母さんですものねぇ。”

七郎次からの舐めるような可愛がりようも相変わらずならば、
玲瓏透徹、きりりと冴えた風貌や所作態度を滅多に崩さぬ平成の剣豪、
それは練達なことでもって、全国区でその名を知られた久蔵の側からも、
こちらの美丈夫をそれはそれは慕っておいで。
今時のいろいろに関心がないのは、
そちらへ入れ込み過ぎだからじゃあ?と言われているほど、
渾身の闘気を込めて傾倒している剣道以上に。
この麗しの義理のお兄様を、何をおいてもと優先している久蔵であり。
いかにも情の深い睦まじさは、正に猫の親子でも見るようで、
微笑ましいやら岡焼きさせられるやら。

 「…? どしました?」

にこにこ微笑っておいでのおっ母様へ、
いやいや何でも在りませぬと苦笑し、
不躾けに見つめ過ぎたかなと慌てた平八を、
今度はそちらがまじまじと見つめ返した七郎次。
首を伸ばすようにしてまでと、微妙に間近まで寄って来られたものだから。

 “おおう。”

選りにも選って久蔵殿が至近においでだってのにと、
嫉妬は御免ですよと焦るところも、
ある意味 慣れというものだろか?
(苦笑)

 「そちらこそ、どしました?」
 「いえね、ヘイさんたら いいお色に焼けておいでだなと。」

お顔もそうだが腕までと、
長袖ツナギの下は半袖だったらしい、
シャツから伸びる前腕を手に取り、
隣人のほのかな小麦色の肌を見下ろす七郎次だったりし。

 「ああ、これは…。」

指摘をされて初めて気がついたのか、自分でも自身の姿を見回した平八、

 「仕上がった車を搬送がてら、
  時には わたしも、ゴロさんと一緒に、
  オーナーさんのところまで出掛けたりしたからでしょうね。」

そんな心当たりを口にする。
ちょいと特別な仕掛けとか仕様とかが付いたのが続いたので、
細かいところとか直に説明する必要がありましてと、
何を照れての照れ隠しか、しきりと言い訳をする彼なのが、

  ああそうか、と

七郎次にも とあることを気づかせた。
5年ほど前のある日、それは唐突に“隣人その二”となった彼であり。
何となくワケありな様子で五郎兵衛の工房へやって来た平八は、
自分の素性に関しては何も語らぬままだったし、
それもその“ワケ”に絡んでのことか、
せいぜいご町内かギリギリ市内を行動圏内としていて、
それ以上の大外へまでは あんまり出歩かない。
そのくせ海外旅行へは喜々として運ぶようなので、
よっぽど国内に見つかっては困る対象でもいるものか。
そんな彼が、5年も経ってやっと、
自分から進んでの伸び伸びと、
そんな遠くまで足を運ぶようになったんだなぁと思や、
これはなかなかに感慨も深い。

 “ゴロさんたら、独り占めにしてましたね。”

別段、わざわざ話すことでもないと思ったか、
いやいや こんな嬉しいこと、
しばらくは自分だけの果報としたくて口外しないでいらしたか。
……そんな想いを巡らせてのこととは知らぬまま、
やんわりと口許をほころばせている七郎次を見やった平八、

 「そういうシチさんや久蔵殿は…変わらずですねぇ。」

自分と違い、全くの全然焼けてない相手なのへと気づいたらしい。
金髪だけじゃあなく、玻璃玉のような双眸までお揃いな七郎次と久蔵は、
肌も白くて、しかもあんまり焼けない体質らしく。

 「これでも結構、あちこちへ出掛けたんですけれどもねぇ。」

久蔵が出渋った、インターハイのあった沖縄とそれから、
木曽の高原や駿河の海辺などなどと、
知己がいる関係で宿に困るということもないまま、
平日ほど体の空いている勘兵衛だったりもするので、
今年話題の高速値下げにまつわる渋滞にも縁のないまま。
夏の行楽も、あれこれ楽しんだ島田さんチだった筈なのだけれど。
おかしなもんですよねぇと苦笑するおっ母様なのへ、

 「勘兵衛さんがまた、陽やけの目立たぬ精悍なお人だし。」
 「それを言っちゃあ…。/////////」

駿河、すなわち静岡という南国の生まれと聞いてはいたが、
それどころじゃあない良いお色をした、
しかも壮年というには不相応なほど雄々しい御主が傍らにおいでとあっては。
色白な彼らがちょっとやそっと焼けても目立ちはしなかろと、
厭味にはならない言い方で口にした平八であり。

  でもでも、
  それを言うならゴロさんだってかなりの良いお色で。

  そうなんですよねぇ、
  おまけにガタイもいいわ愛想も良いわだから、
  どこ行ってもギャルの注目集めまくりで……と。

口撃の応酬だったら受けて立ちますぞとばかり、
七郎次からの指摘へ、
いい男で困っちゃうという方向へ、
話を逸らしかかった平八の口調が、だが中途で立ち消えたのは、

 「…………え?」
 「久蔵殿、何かいいお色になってませんか?」

手入れを手掛けていたスズカケの樹から離れ、
おっ母様から日射病予防にと注意されてかぶっていたのだろ、
カンカン帽のような小さめの麦ワラ帽子を手に取りつつ、
リビング前のポーチまでやって来た彼だったものの。
七郎次に勝るとも劣らぬ、
それは透明感のある肌の白さが特徴だったそのお顔が、
微妙ながら…くすんだ色合いになっており。

 「ちょ…気分が悪いとか、そういうのはないですか?」

確かに、日頃血色がいい人から血の気が失せたら、
こんな顔色になるようなと思わせる、
そんな沈んだ色合いだったが、

 「シチさん シチさん、
  久蔵殿の場合、貧血を起こしてっていうなら青白くなると思うのですが。」

 「あ、そうか、そうですよね。」

落ち着いてと、当の久蔵からもお顔を覗き込まれたおっ母様。
白い手で自分の胸元を押さえてから、ほうと吐息を一つつき、
それから、別なものへも気がついたらしく、
周囲をキョロキョロと見回し出す。

 「………何の匂いでしょうか、これ。」
 「匂い?   ……っ、あ、ああーーーっ!」

はてな?と小首を傾げた平八が、
ハッとしたそのまま、がばっと顔を上げて凝視したのは、
背後にまします、自分の寝起きする車輛工房。
そこのどこに直結しているのか、換気口だろう壁の穴からもくもくと、
堅さのありそうなほどくっきりとした、濃色の煙があふれ出しており。

 「な…っ。」
 「シチさんっ、洗濯物とか干し出していませんね。
  それと、どっかの窓、開いてませんか?」

随分と真剣モードの平八、詰め寄るように訊いて来たのへ、

 「えと、はい。
  窓は全部締め切ってますし、
  洗濯物も暑くなる前にってさっき取り込んで…。」

 「ヘイさんや、燻製室の様子が変だ。」

七郎次の返事の後半へとかぶさった、自宅から出て来た五郎兵衛の言いようへ、
どひゃあと頭を抱えた小さな工兵さん。

 「温度調整か火力か、間違えたようです。」
 「それでは あれは…。」

  煙を消しつつ消臭作業にかかりますよ、ゴロさん。
  ご近所に被害が出る前に食い止めないと大変だ。
  それにうかうかしてると消防車が来かねない。
  おお、それは一大事、と。

依然として黄粉色の煙を上げてる自宅へ、大急ぎでとって返したお二人であり。

 「ありゃまあ。」

ということは、久蔵がほんのりと陽やけしたような顔色になったのも。
あの煙に程近いところで作業をしていたからに違いなく。

 「……まあ、自分の姿までは見えませんものねぇ。」
 「???」

脂っぽい汗が滲みでもして擽ったかったか、
キョトンとしたまま、手の甲で無造作に頬をこすった久蔵だったのへ。
ありゃまあと苦笑を深めた七郎次であり。

  ああ、いえいえ、何でもありません
  汗かいたでしょう?
  シャワーを浴びて、お茶にしましょうね?
  あの煙が収まるまでは、スモッグ警報発令中です、
  お外には出ちゃあいけません、と

こすった頬に、指の付け根のくぼみの数だけ、
うっすらと線が入ってしまった次男坊の肩を掻い込むと、
ほらほらお家へ上がりましょうと、どこか楽しげに促すおっ母様。

  「・・・?」
  「………。(不明)」

そんな彼らをこそりと窺っていた数人の人影が、
何とも困惑げな視線を見交わしてから、すうと気配を消してゆき…。
夏のすったもんだは、まだちょっと続きそうな、
そんなここいらのようでございます。





   〜Fine〜  10.08.23.


  *ヘイさん、車輛改造という仕事の合間に、
   何を思ったか燻製にも凝ってたらしいです。
   どっかでバーベキューの場にてご披露いただいたのかもですね。

  *素性を書いて来なかった平八さんは、相変わらず謎の人です。
   案外と…というか、最低限の調査として、
   勘兵衛様や草の皆様は、とうに色々と調べておいでかもしれませんが、
   危険はナシとのことで触らずにおいでなんでしょうね。
   何があったかは内緒。
   ただ、誰か何かを傷つけて逃げ出した人ではなく、
   ゴロさんに出会って救われたヘイさんだったらしいです。


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